Toriの行く末。。。
適当に思いついたこと書きます。
ニコニコ生放送見た
さっき、真メガテンいまじんの人がニコニコで生放送やってたから、みてた。
出てた人が昔の同級生を大人にしたようなそんな容姿だった。

いまじんは去年か一昨年にやってたんだけど、
早々に商用化しちゃって、まだたりないんじゃないの?って感じだったんだけど、
現状でもサービスしてるから、それなりにうまくやってるのかな。
合体とかは楽しいけど、育成が結構面倒で戦闘も単調で、ゲームとしては普通よりちょっと下くらいだった。
でもやめた理由はそうじゃなくて、
あるイベントが始まったときに、グループのクエストがあったから、知らない人と2人でパーティ組んで、
イベントに望んだのは良かったけど、なんか不具合で自分ひとりだけ転送されて、パーティチャットができるのに、姿が見えないということがあった。
で、クエストのイッタンモメンの大群にボロクソにされて、あぁ、もういいや。って思ったのがたぶん最後。
結構活発に要望覧から報告してたんだけど、全部それ一回でいままでを白紙にするほど凶悪でした。

で、今はUOやってんですよ。大分満足してきているから、今月でやめるかもしれないが。
【2008/11/07 21:22】 | 未分類 |
UOってなんてたのしいざます。
UOって楽しいね。廃人になりそうだわ。
今、丁度アカウントが切れててGT突っ込むか考えてるところ。
7スロトークンがメチャクチャほしい。

やっぱね、キャラ育成はUOが一番だと思うのよ。
あんまりたくさんMMOやってないけど、昔、エターナルなんとかっていうのをやったとき、レベル上げしかやること無くてメチャクチャまぞいゲームだった。
UOもそれなりにまぞいけどあれは無理だったな。
FF11もレベル上げるのが結構マゾくて死んだらレベル下がるし、100時間はやったけど、赤魔Lv20位でやめちゃったな。
もうあれよ。アンチレベリングゲーマと化してるんですよ。いわゆる効率厨ってやつかもしれん。

俺がMMO作るんなら、俺ヨエーーーー。っていうのを目指したいね。
アイテムゲーでレベリング無し。強敵に対して、いかに貧弱に戦って勝つか!って言うのを追求したい。
最初からデバッグソードとデバッグアーマーを配布してどれでも一撃で倒せるようにしておく。っていうのが理想かな。
ま、案はあるけど、作る予定は無い。
【2008/10/22 19:55】 | 未分類 |
精神病における自動バインドについて。
バインドとは、ある概念とある概念を結びつけるコンピュータ用語だと思っている。
精神病を弱める方法とは、応用思考を抑制して基礎概念を身に着けることだと思ってる。
出所のわからない概念を応用したとして、検証をどうやってやるんだ!ってことになります。

人間は発展しないといけない。それに理由など無い。
それを頭打ちにされたとき、どうやって発展を続けるか。という問題になる。
その問題を解決する方法とは、概念の結合と削除を繰り返して新しい概念をつくることだと思う。
しかし、ある一定のところで発展が安定してしまい、次を得ないとき、突然変革を起こそうという思考に襲われる。
関連性のある二つの概念を思い描いたとき、突如なんの脈絡もなく、一つにつながった感触を得るんだが、あとでよく考えると何でそうなる!っていう結合のしかたをするんです。
その結合された何かを受け入れたとき、発展の停滞は一応解除されて、その方向にむくのだと思います。
しかし、思考における速度に情報の供給が追いつかないのでネタ切れ起こして、とんでもない概念をひねり出したりすることがあります。
それを受け入れたとき、ゲートを開く一歩へ向かっていくのだと思います。
そうなると一般常識はその人にとって無価値になってしまいます。
その出来事をバインドする。となんとなくおもっている。
俺は、それを拒絶したんだけど、今でもたまにそういうことを感じる。
【2008/10/14 18:04】 | 未分類 |
言葉の大衆性と局所性
えーっと。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3305051
の動画を見てて思ったのですけど、
なぜ方言ができて、それが流行ったかを思いついたんですよ。

言葉は通信の基本でコミュニケーションをとるには必要な手段です。
方言のでき方をいくつか思いつきました。
1、擬音を言葉にして身近な概念を転用していく。
2、すでにある言葉を省略していわゆるツーカーの状態を形成する。
3、少人数の小さな世界に生まれる概念にラベルを貼る。
4、大衆的に使われていない場所に新しい名前を作る。

1は原始的な方法で、この言葉を聴いたら畏怖したり歓喜したりすることに直結するような概念がバインドされている。ってことが多いと思う。
2はたとえば人名を省略して”さっちゃん”とかそういうものにする。副作用があって、自分のサイズに納まるようになるから、なんとなく親近感が沸く。
3は集団で色々活動していると生まれる概念や不具合を便宜上名前をつけるということ。結構原始的な名前になりやすいと思う。
4はオレジナルなど。何も言うまい。

なんで方言があるかっていうと、意思伝達可能距離というのがどうしても存在して、それを超えると、言語の正当性を損失していく。
ネットが広まって、意思伝達可能距離は飛躍的に伸びたが、点在するネットユーザが積極的にモノを変化させるような人なら、その概念はそのユーザの周りで発展していくだろう。でもそうならないことが多いと思う。ネット人口自体は多いが、局所的に見れば少数派だからだ。
そこに根付いたもの覆すには物量が足りない。
あと人の傾向として、局所性を持たせて外部を排する動きがどうしても付きまとう。
それは護身術ともいえる術であり、お約束を知らない人は外部の人であり、ともすれば敵である。
そういうものを認識したりするのに色々役立つから方言はきえないと思う。

グダグダになってしまった。
【2008/10/05 17:47】 | 未分類 |
とあるサイトの批評をやめた。
さっき、所要でサイトを眺めていたら、なんかいやなメッセージ受信した。これって電波系?
俺は人をカンナ屑とは思ってないし、自分よりも能力のある人々が世にごまんといると思っている。
ただ、メソッド構築をサボったおかげでツケが回ってきただけだ。
結構面倒なんだけど、それをどうにかしないと面白いものにはありつけないような気がしてるので、何とかしたいと思っている。
思考の方向性というのは方向というように注力する対象を定めることによって他を切るっていう割り切りである。
世の中注力する対象がいっぱいあるので、それが多様性を生んでいるのだと今思うのだが、
たとえば会話って言うのは聞き手が有利なのだ。
先出ししてきたのを吟味して、必要に応じて反応すればいいのだから、そういう意味では世の中簡単。
問題はそれに付随する情報の膨大さ。
知ることを欠如しては何もなされず、働きかけることを欠如しては世界が縮小する。
それはわかっている。
でも、自分が好きなことと他人への配慮をバランサーにかけたら、俺は自分の好きなことに比重が行く。
その方向性が間違っていたかといわれると2通り返事ができる。ある意味Yesだがある意味Noだ。
Yes。
俺は特異性やユニークを強調する方を向いていて、周りを否定していた。くるべき道を誤ったかもしれない。
周りには俺の本当に知りたいことを相談できる相手がおらず、いつも手抜きで会話している。っていうか、相手のわかるように変換してしゃべっている。結構苦痛だ。
No。
俺はこの道以外に人生を見出せただろうか。今いえるのはNoだ。

結局、自分が寄り添っていかないと誰も相手してくれないということになる。
俺の主観にはいくつかのレイヤーがあって、一番の主観は基本的に封印しています。
直情すぎて使い物になりにくいから。
一番使っているのは一番自分から遠いレイヤー。
情報を収集して展開して吟味するためには、多少の客観性がひつようだから、このレイヤーが一番あっている。
俺が本気でしゃべったら結構わけのわからんことになるだろうね。
それこそ病気認定されるようなものだろう。
それをカバーしてるレイヤーが今の自分。
これってスーパーエゴってやつかなぁ。

はぁ、久々にすごいグダグダになってしまった。

最後に一点だけ。
最初批評しようとしたサイトのフラッシュが意味不明な挙動をしたので読むとか以前の問題でした。
XGAでも使えるようにしてよ。

はぁー。すっきりしたー。
【2008/08/27 22:57】 | 未分類 |
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更新は月一になるか年一になるか。
どうなるかはわかりません。

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