さっき、所要でサイトを眺めていたら、なんかいやなメッセージ受信した。これって電波系? 俺は人をカンナ屑とは思ってないし、自分よりも能力のある人々が世にごまんといると思っている。 ただ、メソッド構築をサボったおかげでツケが回ってきただけだ。 結構面倒なんだけど、それをどうにかしないと面白いものにはありつけないような気がしてるので、何とかしたいと思っている。 思考の方向性というのは方向というように注力する対象を定めることによって他を切るっていう割り切りである。 世の中注力する対象がいっぱいあるので、それが多様性を生んでいるのだと今思うのだが、 たとえば会話って言うのは聞き手が有利なのだ。 先出ししてきたのを吟味して、必要に応じて反応すればいいのだから、そういう意味では世の中簡単。 問題はそれに付随する情報の膨大さ。 知ることを欠如しては何もなされず、働きかけることを欠如しては世界が縮小する。 それはわかっている。 でも、自分が好きなことと他人への配慮をバランサーにかけたら、俺は自分の好きなことに比重が行く。 その方向性が間違っていたかといわれると2通り返事ができる。ある意味Yesだがある意味Noだ。 Yes。 俺は特異性やユニークを強調する方を向いていて、周りを否定していた。くるべき道を誤ったかもしれない。 周りには俺の本当に知りたいことを相談できる相手がおらず、いつも手抜きで会話している。っていうか、相手のわかるように変換してしゃべっている。結構苦痛だ。 No。 俺はこの道以外に人生を見出せただろうか。今いえるのはNoだ。
結局、自分が寄り添っていかないと誰も相手してくれないということになる。 俺の主観にはいくつかのレイヤーがあって、一番の主観は基本的に封印しています。 直情すぎて使い物になりにくいから。 一番使っているのは一番自分から遠いレイヤー。 情報を収集して展開して吟味するためには、多少の客観性がひつようだから、このレイヤーが一番あっている。 俺が本気でしゃべったら結構わけのわからんことになるだろうね。 それこそ病気認定されるようなものだろう。 それをカバーしてるレイヤーが今の自分。 これってスーパーエゴってやつかなぁ。
はぁ、久々にすごいグダグダになってしまった。
最後に一点だけ。 最初批評しようとしたサイトのフラッシュが意味不明な挙動をしたので読むとか以前の問題でした。 XGAでも使えるようにしてよ。
はぁー。すっきりしたー。
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